外国で生活することになりました

韓国・釜山での生活の日々を綴っています。韓国は大嫌いですが、改善されますでしょうか。。。

親切~韓国人と他国民の違い~

「韓国人は親切ですよね」と、韓国好きなアッパラパ~は言います。
本当にそうでしょうか?

親切という単語は韓国語にもあります。

ですが、日本語や他の言語の親切とは違います。

その違いが表れるのが心の問題です。

我々が親切にするという言葉を使う場合や実際に親切にする場合。
自分→他人というベクトルができます。
自分よりも他人のことを考え行動する。その見返りは欲しない。他愛の精神です。

それが韓国人の場合は、自分→他人とはならず、自分→自分になります。
他人が困っているだろうなと考えるのではなく、見ている自分が気持ち悪い。自分の気持ちが晴れないからやってやる。
自分の気持ちが優先で、自分の目の前に広がる不快なものを取り除きたい。
という気持ちで人に何かをやってあげる。そのため、心なんてこもってはおりません。

例えば、目の不自由な人(A)が交差点で信号待ちをしていたとします。
韓国人は、Aが道路を渡ろうとしているということが目障りなため、それを除去するために、Aのペースも考えず自分のペースで交差点を一緒にグイグイと引っ張りながら歩きます。
目の不自由な方は、交差点を渡り終えても自分が行くべき方向がどちらなのか分からず戸惑いますが、韓国人はもうそこにはおりません。。

韓国人以外であれば、Aのペースに添って声をかけながら渡るでしょう。
交差点を渡ってからもどちらの方向に行くのですか?くらいの声かけを行うでしょう。
自分の行為が他者の力になればという気持ちで手助けするのが普通だと思います。

おせっかいにしても自分の目の前に広がる世界が不快だから自分の思うままにしてやる。
おせっかいを受ける方の気持ちなんて考えません。

日本語でおせっかいというとちょっとやりすぎの親切ですが、こちらでのおせっかいは気晴らしです。

自分の気持ちが優先で、他者に対する自己犠牲なんてものはありません。
それが韓国人なのです。

親切という韓国語のニュアンスは、他言語の親切とは全く違うものだと認識しないと意思の疎通に齟齬を生じます。
韓国人にとって親切とは自分の心の不快さを取り除くための自己満足でしか無いのです。