外国で生活することになりました

韓国・釜山での生活の日々を綴っています。韓国は大嫌いですが、改善されますでしょうか。。。

情~どうして人に頼る?自分の事は自分で決めなよ~

韓国で生活していると必ずぶつかる問題。それが韓国人の情。

韓国人は親しくなれば、親しくなった人に何をして良いという考えであり、迷惑をかけてもそれが親密さの証とさえ考える。
自分が困った時、悩んだ時に親しい人にその悩みを打ち明け、それに対して情を組みして返してもらう。それが私が見ている韓国人だ。

情があれば、困り事や悩み事があれば些細な事であっても人に相談し、相談された者はそれに対して親身になって答えを返さなければならない。
頼まれたことを忘れていたらなぜ忘れてしまったのか、心配事があったのならばなぜ心配なのか、それに対する答えを情を以って伝えなければならない。

私が、日本やもちろん韓国以外の国でも生活し様々な人と仕事をし交流をしたが、私の知る日本人含め大体の人は自分のことは自分で決める。
そして、自分の悩みを打ち明けても打ち明けたことで心が楽になり、他者の意見等は参考程度にし、最終決定は自分でするというのが私がこれまで関わってきた人達だ。

それが、韓国では相談されたらならばきちんと自ら考え助言をし、その言葉によって相談した側は行動する。
もちろん、相談した側の意に粗ぐわなければ、こちらの言葉は無駄になるが、それでもきちんと親身になって答えなければならない。
それが情というものだ。

はっきり言ってこれが面倒だし、煩わしいし、その考えが理解できない。

例えばこんなことを相談された。
ペットを飼おうかどうか悩んでいる。帰宅が遅いしペットを散歩する時間がない。
それに生活するのに要する費用で給料の殆どを使ってしまい余裕がない。だけど、ペットが飼いたい。

答えはどうだろう。
「飼いたければ飼えば」の一言ではないだろうか?

しかし、そんな答えをしようものなら「情がない」と受け入れられず、嫌な顔をされて真剣に考えろと返される。
お金もないのにブームだか何だか知らんがペットが欲しい。
そんなことには付き合いきれないというのが、私がこれまで見てきた世界の常だ。

こんなのに付き合っているとこちらの心がやられだす。

どうでもいいことに労力を割くことほど無駄なことはないという考えの私にとって、韓国人の考えや文化に付き合うのは本当に疲れる。
私は韓国が好きで韓国で生活をしているわけでもない。ましてや、韓国文化に興味を持つとか理解しようとかいう気はさらさら無い。

日常の生活を送れる最低限の道具(韓国語)が使えればそれで良いのだ。

「情」世界でこの国にしか無い最も厄介な文化。韓国人のアイデンティティ
外国人にも情を理解し、分かってほしいという独りよがりな考えはやめて欲しいものだ。