外国で生活することになりました

韓国・釜山での生活の日々を綴っています。韓国は大嫌いですが、改善されますでしょうか。。。

韓国では住んでいる地域で人を区別することはできない~金を持っても生まれ持った根底は同じ~

日本でも世界各国でも住む地域によってその地域が発する空気感が変わり、そこに住む人々の「品格」も変わる。
韓国でもソウルの江南なら変わるのかどうかは住んだことがないので分からないが、
私の住む釜山では海雲台やセンタムあたりが高級地区だと言われるが、はたしてそこに住む人々に「品」はあるのだろうか?
答えは「否」つまり、品は無い。

日本ならば、高級住宅街に住む人間と庶民の住む地区に住んでいる人の行動様式や街の様子、または銀座と新宿、渋谷、上野の空気感が違うように雰囲気や違いが出るものだが、韓国ではそれがない。
日本と韓国の比較だけでは主観が出てしまうだろうが、私が住んだことのある他国でも同様の違いがあった。
それなのに韓国だけが違う(どこでも同じ)のだ。

それはなぜだろうか?

金持ちも貧乏人も食うものが同じだからだろうか?
金持ちも貧乏人も食事の所作が同じだからだろうか?

いや、それ以上に根底が同じなのだ。
朝鮮人として生まれた時から有する品ではなく格が同じだからだ。
品という言葉は韓国には存在しない。
その代わりに韓国人は格を重要視する。内面を表す品ではなく外見の格だけを備えている。

そのため、内面を重視せず外見だけを重視するから高級住宅地と言われるところでも、金融街でも内面が貧乏な人が居住し、内面の貧しい人間が闊歩する。
よって、生活様式も行動様式も貧乏人と何ら変わらない。

貧乏人と同じだからマナーも何もない。
わずかな金持ちの居住区域に成金の貧乏人が居住する。
基が貧乏人だから教養なんてものはない。
金を持っても金の豚になるだけで、食っているものは豚だから豚の餌だ。

生活様式も豚のままだから汚いまま。
精神も貧乏のままだから、考えも貧弱なままなのだ。

これほどまでに本当に金を持っている者と一時的成金の精神的貧乏者が同じ地域に住んでいる国というのは見たことがない。

そう考えれば、私の住む家も豚小屋の一角でしかないということに納得する。